小学生のころ、母は言っていた。「ママが死んだら、ママの体で使えるものは全部使ってね」。子ども心に「死ぬなんて怖いこと言わないで」と思っていた。まさか、大人になってから、それが現実になるとは思っていなかった。
ある年の夏、その時は突然やってきた。
東日本に住む遠藤麻衣さん(41)はその日の日中、自宅で子どもたちとバーベキューを楽しんだ。夜遅く、麻衣さんの夫の携帯電話が鳴った。知り合いの消防関係者からだった。
「すぐに病院に行け」。同居する母の緑さんが、経営する飲食店の営業を終えて車で帰宅中、道路脇の木に衝突したというのだ。
「このまま亡くなる可能性があります」。病院で医師に告げられた。運転中に脳梗塞(こうそく)になった可能性が高かった。
脳へのダメージを軽減するため、頭の骨の一部を切除する手術をすることになった。手術室に向かう間際、「ママ、頑張れ」と声をかけた。すると「うん」と答えたような気がした。
「あれが幻だったのか、現実だったのか、今もわかりません」。手術が終わってから、緑さんが呼びかけに反応することはなかった。
鼓動を刻む心臓と捨てられぬ希望
事故から3日ほど経ったころ…